リーバイス610

クローゼットをあさっていると、見慣れないジーンズが出てきた。ほとんどウォッシュされていない。とりあえず履いてみると、これが、なかなか泣けるシルエットだ。腰から腿のあたりがゆったりしていて、裾に向かうラインがシェープしている。リーバイスは、今から45年前、高校生のときから履いている。古着屋が珍しかった当時、青山に胡散臭げな(入るのにためらうような)古着屋があった。らせん階段を上がると、インド線香の匂いがする。高校生の時、夏休みになるといっていた鎌倉の「ギルド」(今はあるのだろうか?)と同じ匂いだ。そこには、当時、どこにも売っていなかったボタンフロントのリーバイス501の古着があった。たしか、情報は、同級生だった今はそれなりに有名なグラフィックデザイナーと一緒に読んでいた「メンズクラブ」(コラムを伊丹十三が書いていた)からのものだったと思う。恐る恐る店に入ると、長髪をチリチリにして、髭を蓄えた小柄なおっさんがいた(垂水さんだ)。

 

憧れのボタンフロントのジーンズを見つけた。値段は、当時の新品のジーンズ(ビッグジョン)と同じくらいだったと思う。

友人と二人で、慌てて買った。店の人に声をかけられるのが、怖かった。ポケットからくしゃくしゃの千円札を出して、代金を払って、そうそうに立ち去った。

そのジーンズは、今でいうビンテージだ。ただ単にフロントがボタンのジーンズが欲しかっただけで、ビンテージなんて考えもしなかった。しばらく、履いた後、気が付いたらなくなっていた。母が、ごみ扱いして捨てたのだ(たぶん、今持っていたら相当な金額になっている)。

 

それをきっかけに古着屋周りが始まった。主にアメ横の米軍放出品店(中田商店のような店が数店、ガード下にあった)を見つけては「リー」「ラングラー」、「リーバイス」「スミス」などの古着を買いまわった。放出品店は、新品のジーンズを買うより、安かった。当時のジーンズコレクションのほとんどすべてが、知らない間にごみ箱行きになった。世の中も私も、単なるファッション(メンズにクラブがお手本)として、古着をとらえており、母に捨てられてもあまり気にはしていなかった。その後、リーバイスジャパンが設立され、米国型のマーケティングとイメージ戦略で、ジーンズといえば「リーバイス」という状況になった。私のファッション志向は、古着から、イタリアンカジュアル(ジルボーやボボ・カミングスキー、さらにエリオ・フィオルッチ)に向かい、今は、ほとんど見ない「ペダルプッシャー」のジーンズを履き、UFOヨーロッパのジャケットを着るようになっていた。

 

社会人になってからは、ジーンズばかりというわけにもいかず、ラルフローレンを着ている時期もあったし、コムデギャルソンのスーツしか着ない時期もあった。ただ、ジーンズは、相変わらず好きで、たまにアメ横や、代官山あたりの古着屋を覗いて気に入ったものがあると買っていた。

大学を卒業して、少ししてからは、ファッション関係の記事を日刊紙で書くようになり、ジーンズメーカーの広報担当者と会うことも多くなった。「リーバイス」も青山にあった本社に出入りしていた。そういえばMFUという怪しげな団体の主催する「ベストドレッサー」の審査員をやったり、ジーンズメーカー協議会が主催する「ベストジーニスト」の審査員もやったりした。

 

当時は、ジーンズは、仕事と化しており、親しかったジーンズメーカー(リーバイスエドウィンラングラー等)からは、新商品をサンプルとしてもらうこともあった。

610をどうやって手に入れたかは、まったく記憶にない。もしかしたら、米国出張のとき買ってきて、忘れていたのか、たまたま、どこかで買ったのか、記憶にないのだ。606に関しては、アメ横で見つけて、定価(並行輸入)で買って履かないでとっておいたのを、大学生になっていた息子にあげだ。私の数少ない自慢に「大学生からまったく体系が変わっていない」ことがある。大学生時代のジーンズも履こうと思えばいつでも履ける。

最近は、たしか、リーバイスファミリーセールで1万円程度だった712の復刻版(尾錠付、私のは本藍で染めたものだ)や少し太めのリーバイス504が気に入っており、履き続けていた。それでも20本くらいは持っており、クローゼットの暗黒ゾーンを掘り起こすといろいろな型番のジーンズが出てくる。

 

ジルボー(ball)の初期のヒット作「ジャズバンド」(サイドラインに鋲が打ってあるブルージーンズ)は今もある。

ただ、610には、なぜか、記憶がない。品番にも見覚えがない。調べてみると1980年代くらいに出ていた品番で、今はもう、配番になっている。505のスリム版のようだ。

古着(特にジーンズ)が、マニアのものになってしまったのは、いつからだろうか。私が記憶する範囲では、インターネットの普及前後だった気がする。そのころ、古着のプレミアムアイテムだけを集積する店舗が代官山あたりに出現し、そこで、ファッションをまったく知らないインターネットベンチャー(たとえば堀江)など、小金持ちが買いあさった。

そのくらいから、アメリカでも日本人の「デッドストック探し」が、始まり、出張でアメリカにいったとき、日系人の古着屋さんから「サンフランシスコあたりの古いジーンズは、日本人が、買い占めてしまう」という話を聞いた。

私はジーンズが好きだが、高価な古着には興味がない。できればノンウォッシュの502ぐらいを買って、履きつぶれるまで履きたい、と思っている。ところが、それすら、もう売っていない。昔の新品のリーバイスの紙ラベルには「シュリンク ツー フィット」(ワンサイズ上を買って、洗って縮める)と表記されていた。

ハリウッドランチマーケットが代官山に移転したころから、古着はほとんど扱わなくなっ

てしまった。今ではオリジナルのジーンズを作っているようだ。

 

私のクローゼットをあさると、本物の英国海軍のダッフルコート(裾のほうに焦げた跡があり、8キロくらいの重さがある)、チョコ軍の野戦コート、シュレジンジャーのドクターバッグ、オスプレイというとても値段が高いブランドのキャンパス地のバッグ、タナクロールの革のバッグなど、たぶん、今はすでに手に入らないようなものがたくさんある。

古着に何十万もお金を出す行為は「ばかげている」とは思うが、たまに610のような見覚えがないアイテムを見つけるとうれしくなる。

いまは、そうした服をできるだけ、捨てられないように、している。捨てるのは母から家人へと変化したが、価値観を共有することはできない。

話が少しだけできるのは、38歳になる息子だけだ。

捨ててはいけない服リスト、を死ぬ前に遺言に書いておこう。

 

今日は、30年以上前の黄色の長そでTシャツを着て、リーバイスのファーストのレプリカジャンパーでも着ようか。本と同じで、服は、売らない。捨てるか、眠らせておくか、着続けるか、である。

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